パソコンをつかってフリーで印刷原稿のデザインをしている美器は、
東京23区西側の町に小次郎という犬と住んでいる。
「何だ騒々しいね。おお隣の美器ちゃんかい。
そんなとこに立ってねーでお入りよ。
エアコンかけてんだから戸は閉めんだよ。
年寄りは熱中症ってのがこわいんだから、
かといったて~エコでいかねぇ~といけねいや・・・」
隠居と言われたこの男、隠居という歳でも無いのだが、
昼間から仕事もせずに、必ずといっていいほど家にいる。
どこか時代がかったいでたちからか、落ち着いた物腰のせいなのか、
ずいぶん前から近所では隠居とあだ名で通っている。
「温暖化ってのは一人一人が・・・」
「隠居、これ何だけどさ、見て変な色になっちゃったんだよ」
「・・・なんだい薮から棒に、美器ちゃんも良い年ごろなんだから、
時候の挨拶ぐれいしないってぇーと、世間様に通らねーぞ。
まぁー冷たい麦茶でも、いただきもんの水ようかんはどうだい」
「みずようかん後が甘いからな~いまいいや、
めんどくさいからいいや~」
「めんどくさいはご挨拶だな~それに、めんどうくさいだろ、
女の子がそう言葉をはしょるもんじゃーないよ」
「隠居だって、なんだか詰まった言葉つかってんじゃーん。
それより見てよ~、これ。美器が気に入って買ってきた白いご飯茶碗に、
ぶつぶつシミが出来ちゃった。もう、あったまきちゃう」
「どれどれ、おお、粉引だな。高台が大きいから鉢にも使えそうで、
どこかモダンだか、なかなかの作行きじゃないか。
美器ちゃんこれどうしたんだい」
「この間買ったのよ。ホラ裏のギャラリーで、2400円もしたんだから。
気に入っちゃって、高いかナーって思ったんだけど、
ご飯が美味しそうだから、奮発しちゃった」
「そうかい、そりゃいい買い物したじゃないか。
で、美器ちゃん、買って来てから何につかったのかな?」

「美器のご飯茶碗にって買ったけど、
隠居が器はいろいろ工夫して使いなさいっていってたから、
昨日ちょうど彼氏が来るんで初めて使うのにいいかなって、
牛とブロッコリーを炒めてバルサミコ酢で味付けたの盛りつけたんだー」
「おおそりゃー、上手そうだね。で、美器ちゃん、
そん時に、この器お水かお湯をくぐらせたかい?」
「なにそれ、しないよ。だって買ってきたときに綺麗に洗って、
大事にしまって置いたから大丈夫きれいなんだからー」
「まぁーそりゃー不潔ではないだろうが、そうではなくてさ、
ほれ美器ちゃんお茶のお点前見たことあるだろう」
「うん、あるよ。飲んだこともあるよん。お菓子おいしそうだから、
隣のおばちゃんちで飲んだけど、苦かったなー」
「おおーそうかいお師匠さんとこでね。それなら、
その時にお師匠さんは、お茶を点てる碗に一度湯を注いで、
茶筅ですすぎ回してから湯をこぼしていただろう?」
「うーん、そっかなー。なんか竹でできたちっちゃい泡立て器見たいなやつでかき回してたけど。
そういえば、すぐにお茶を入れてくれなかったっけ」
「ははは、お菓子目当ての美器ちゃんには、まどろこしかったかな。
でもね、いろいろな動きの中には皆理由があるんだよ。
碗に湯を注いで茶筅を湯になじませて折れにくくして、
また竹だから折れていないことを確かめることもするんだよ。
それに碗を温める。これらはすべて、目の前のお客さまに。
一杯のお茶を美味しく点てるための心配りなんだよ」

「ふーん、なんだ目の前のお菓子をオアズケしてもったいぶって、
なお美味しく感じさせてるのかと思ったよ」
「ははは・・・なるほど美器ちゃんらしい発想だな。
それからね。碗を温めるのには、もう一つ大事な理由があるんだよ。
それは、目の前にいるこれからお茶を点てる美器ちゃんのためだけではなく、
ずーっと先にその碗でお茶を飲むことになるお客のためでもあるんだよ」
「ずーっと先って?どうしてよ」
つづく
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