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うつわ屋のつぶやき

うつわ好きの甘庵が、やきもの・吹きガラス・漆器などの、四季折々の身近な和食器を使う楽しさをお伝えします。荻窪銀花で催される企画展の器をご紹介し、使い方から、作り方、作り手のことなど、毎日お伝えします。

お話し会ネタ その5

今日は特に長いですが、
読んでくれる方だけで良いし、
ぼくの文章力ではうまく省くこともできないので、
そのままのせます。
週末を暇にしている人。
活字中毒で何でも活字ならっていう人。
マジに工芸をとらえている人。
そんな人いるかな?
まぁーとりあえず、続き物なので完結するまでは、
連載しま~す。

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3.器の使い勝手を楽しむ
器は何と言っても使わないとその真価がわかりません。
使い勝手が良いというのは、器は使うために作られたものなのですから、
考えて見れば当たり前です。
”見立てる””取り合わせる”などの先人の知恵や、
使って楽しむヒントをお話しましょう。


a. 器は使うもの
前2回のお話では、“器の色”と“器の形”について、お話しましたがどちらも、目からの情報収集でかなりの部分を理解出来るかもしれません。ところが今回のお話は、“絵に描いた餅”的なお話では今ひとつ判りにくいところかもしれません。何と言っても器は使って初めてその良さも問題点も、好き嫌いも納得体得出来るものだと思います。それは見て触れて使ってこそ理解出来ることが多いと思います。また、自分のお気に入りの器が、使うことで仕立てられていく器なら、器と長くつき合っていく時間も必要になります。汚れとは一線を画しているのですが、使うことで表情が変わる陶器やせっ器などを愛でる感性は、“侘び寂び“という、日本の文化の一つの特徴でもあります。

b. 使い方は自由
器は作られるときに、作り手によって使い方をある程度想定して作られます。ここで器の使い勝手の善し悪しは決まってしまうのですが・・。ただ、作り手の手を放れた後は、全権が使い手に委ねられてしまいます。そのために9回の裏逆転ホームランや、ロスタイム試合終了間際の逆転ゴールや、ファイナルラップ最終コーナーで抜いてのウィナーとか。ちょっと比喩がくどくなりましたが、いずれにしても、器は作り手の元から離れ、使われる方の采配次第。それは使われ方で生まれ変わることもあれば、使われないことで仮死状態にもなります。使うことで表情の変わるものなら更にその差は歴然です。
雑誌などで“多目的な器”“多目的碗”などという言葉が使われている時があります。今さら何をいう。器をいかにイメージを広げて使いこなすかは、器好きの醍醐味。と息巻きながらも、
“ソバチョコは多目的碗の代表ですね。そばつゆを入れるの以外にも、飲み物などの液体なら、お茶でも、大きめの茶托にスプーンを添えてコーヒーでも紅茶でも、スプーンがあるならデザートでも、手に持って食べた方が食べやすい料理を盛りつける小付に・・・。食いしん坊的発想を膨らませば切りがないですね。”
などと、お客さんに説明しているぼくです。

c. 見立てる
“多目的な器”という表現だと、“流用”“変わり”“代用”と、何にでも使ってしまおう、半ば元を取ろう的な考えで、それは確かに素敵な考えではあるのですが、ここでもう少しだけ気持ちだけでも貴族的に発想してイメージしてみましょう。ソバチョコに季節を感じる、花、実、葉、グッズでもなんでもいいのです。それを、そのまま飾るのではなく、シンプルなお盆やお敷き、ランチョンマットや、お気に入りの古布でもいいでしょう。ステージを作って“しつらえる”ことで、品や格を見いだすことで、ソバチョコを多目的に使うのではなく“小花器”として“見立て“ことになると思います。
使い方は自由です。自由だからこその、選択の幅は広くて、自分らしさを表現することも、楽しむことも、遊びの要素もたっぷり入れることも、全てが自由に出来ます。その分、統制や秩序も心がけましょう。器として品と格を保つように、清潔感を保つように。これが“見立て”基本ではないでしょうか。
見立ては侘び茶から発展しました。朝鮮半島の飯碗を茶碗に見立て(井戸茶碗など)、種籾の小壺を水指に(信楽水差しなど)、薬壺を茶入れに・・・。全て身近な道具や違う使い方のものを、見立てるという眼鏡を通し、選びだしたものばかりです。ただそれらの選択にはきちんとした選択のルールがあったと思います。その第一が、品と格だと思います。

d. 取り合わせる
”取り合わせ“は、“見立てる“と組み合わせて発想することで、さらに、器を楽しんで使う世界が、広がります。この”取り合わせ“、実はぼくらの血の中に潜在的にもっている感性の一つのようです。ついでに他に持ている感性をあげておきましょう。非対称系を好む。侘び寂びの感性。などです。むろん全ての方がそうであるわけではないでしょう。ただ、こう言った感性を持つ国が他にはあまりありません。この感覚が、どんどん欧米生活文化に浸食されつつあって少なくなりつつあるとしても、まだまだ私たちの感性の中に少なからず存在しています。これは日本という風土故なのか、つくづく不思議な感性だと思います。
話を戻します。
”取り合わせ“とは、たとえば、ぼくらが緑茶をお客さまに出すとすると、普通は客茶碗にお茶を入れ、茶托にのせてお出しします。これが日常的なお茶の出し方ですが、紅茶ならどうでしょう。ティカップ&ソーサーに出すのが、本来の形ですよね。これはいたって欧米的・・・・いえ、お茶の発信地であるのは中国。その中国でも、本来の形は、ティカップ&ソーサーでお茶を出すようです。日本に喫茶の習慣が入って来た時には、文人嗜好の喫茶という習慣で取り入れられました。この時点では確かに貴族的な世界のお茶として伝わり、より侘びた煎茶として発達していく段階で、完全に異素材の茶托と碗の取り合わせが確立していきました。ここには時間という経過もさることながら、ぼくらの血にある、取り合わせの好みが大きく働いたと思います。
現に同じ用に中国から伝わり、ティサロンとして貴族社会に浸透していった欧米の習慣では、カップ&ソーサーです。
欧米や他国では、好ましく思われる器の選択要素として、同素材で揃えるばかりか、同じ絵柄で全てを揃えるのが基本中の基本。これは日本でも存在しないわけではないのですが、それは、いわばトラッドな、“真行草”のなかでのいえば“真”の世界。中国でもそうなのですが、同時にちょっとくだけた“行”の世界や、鄙びた感のある“草”の世界を楽しむ事をしました。日本でも、明日の暮らしに困らないからこその貴族世界では、侘び寂びの世界の確立になっていきます。茶道でも煎茶道でも、そんな部分が多分に存在しますし、それらが少なからずバックボーンになって、日常の習慣や慣習に、懐石などの料理から広まり一般的な器までにおよんだと思います。
夏の盛りの頃に、ざっくりした焼きしめの器をしっかり水に浸して瑞々しい状態に料理を盛り、取り皿や、猪口として添える器は澄んで華奢な青磁。
全く逆の素材のこんな組み合わせの対比を、良しとするのはぼくらの感性に抵抗感がないからです。蛇足のようですが、注釈をすれば、無釉の器を水に浸して瑞々しい状態で出すのは、苔むす清流の岩を“見立て”てのことです。ザクザクした素材のせっ器と、かちっと仕上がった青磁とは“草”と“真”の対比。“取り合わせ”の楽しみです。この場合、取り合わせた“しつらえ“としては、“草”になりますね。異素材を組み合わせることで、崩したのですから、“真”を使っても“草”になります。
見立てるといっても、違った見立ての事例をもう一つ。
真冬に緑が少なくなったときに、冬の器に織部釉の緑を目にご馳走として選んだと聞きます。その緑を見立てる心を、ぼくはとても美しく感じます。

f. 使い方の知恵
使い勝手を楽しむには、楽しみ方のアイデアやイメージだけではなく、使い方の知恵も身につけておきましょう。それは、後々の後悔を無くすことや、使い方の約束にも叶うことにもなります。
器の素材を知る(浸透性、堅さ、脆さ、丈夫、耐熱性などです。)ことは、それぞれの器の持つ素材感を楽しむだけでなく、その素材を何時までも楽しめためにも、大切な知識だと思います。
例えば、ここに陶器と磁器の器があります。前回使ったの数ヶ月前の頃、その時に綺麗に洗ってしまったおきました。さて、ここに日常的な惣菜として、出来立てのごま油の香りたつキンピラゴボウを盛りつけましょう。色写りや分量が問題なければ、どちらに盛っても良いと思います。ただ、陶器の器は、綺麗でもゆったり水や湯にくぐらせましょう。それが粉引きや、白い土の明るい釉薬の器ならなおのことです。粉引きや、白い土の明るい釉薬の器に水や湯をくぐらせるのは、乾燥状態の陶器は、水分を器の素地の中にしみ込ませてしまいます。それが色や匂いがあったなら、なかなか抜けるものではありません。まぁー漂白材使えばいいといえばいいのですが、面倒ですし、残留物も若干心地よくないですよね。やはり盛りつけの配慮は同時に使い勝手を楽しむ知恵でもあります。無論磁器の器でも、暖かいものを暖かく出すのですから、湯煎して拭いてから盛りつけるゆとりがあれば、これはもう、器のためではなく、その気持ちや配慮が料理の味を引き立てるのではないでしょうか。
グラスでお湯割りを楽しむ時に、冬や器が冷えていたら、安全のために、湯わかしの湯や湯冷まし程度のお湯で、温めてから、ガンガンに湧いた湯ではなく、ポットからの湯で楽しむ程度か、さらにポットのお湯で温めたから、お湯割りを作られる優しさを持ってください。それは、ガラスと言う素材が熱膨張に弱いからです。造りやデザインで口と底の部分とに、特に厚みに差がある時には要注意です。温まり方が均等になりにくいので、器の部分による温度差×膨張係数だけ、伸び寸法に差が出てそれがストレスになります。お湯をついで一瞬起きるその温度差は、たたいた時の衝撃と同じようにグラスに中から力を加えます。運が悪いと割れることがないとはいえません。
熱膨張に関しての理屈では、こんな事も覚えておいてください。
陶器や磁器の器の多くが、表面を被う釉薬のガラス質と素地で成り立っています。窯の中で焼成されて素地が焼き物に施しておいた釉薬がガラス質に変わり、1000℃以上の温度から常温まで冷やされます。その時に膨張係数の同じ磁器は表面に貫入(かんにゅう)と言われるヘアクラックがはいりません。逆に陶器は素地とガラス質の釉薬の膨張係数が違うために、常温に覚める段階で縮みしろが違うために、無理がかかりそれが貫入となります。陶器が窯から出されて、しばらくは縮んで貫入が入る音が、夜などの静かなところで、“チン、チン”と鳴っているのを聞くことが良くあります。だんだん少なくなるようですが、100時間ほど鳴っていると、聞いたことがあります。
陶器やせっ器の釉薬のかかった器の多くには、貫入が入っています。磁器や釉薬のかかっていないせっ器には、原則的に貫入が入っていません。
この貫入が、使うときに、使って行くほどの変わるものと、変わらないものとの目安になる特徴でもあるので、覚えておいてください。
もう一つ、熱膨張のお話です。
陶器や磁器やせっ器の器は、特別でない限り、オーブンに入れても平気ですが、直火にかけると、まず割れます。電子レンジは、金彩銀彩の上絵のあるものでなければ、通常は問題ありませんが、電子レンジは分子間の水分を発熱させるので、柔らかな陶器などは、吸水性があって、素地ないの水分が熱膨張するので、あまり良くないかもしれません。レンジでチンするたび事に、時代の経過が早くなると言って、抹茶碗で冷えたご飯を温めるのに使って、早く侘びさせようとしているという話を聞きました。最近のレンジは回転し、ワットエイジも低く能率良くはたらくので、器への温度むらもなく、あまり問題はなくなっています。それでも、特別お気に入りの器は、オーブンでチーズを焦げ付かせたり、冷凍食品を入れてレンジでチンなどはしない方が優しいと思いますよ。

g. 使い勝手と善し悪し

勝手という言葉の意味には、台所や暮らしも含まれています。
それには、“道具や器”との関わりからそうなっていった部分も少しはあるのでしょうか。
その道具や器の使い勝手の善し悪しは、道具や器の善し悪しを意味するところが大きいのですが、それでも、ただただ性能や使い勝手だけの追求から出来た器では、寂しいものがあるのではないでしょうか。特に掃除のしやすさや、丈夫さだけの追求からだけでは、使い勝手や能率が上がっても、心のゆとりがなくなりすぎてしまうのではないでしょうか。
汚れにくい>洗いやすい>洗わなくていい
これでは料理も、簡単に>手間いらず>作らないほうがいい、
にもつながりかねません。
仕事中や学校へ通っているときのランチならまだしも、コンビニでお弁当や惣菜を買い、プラスチックのトレイのままで夕食を済ましてしまうことがあると聞いて愕然としています。
面倒がらずに、せめて器に移しかえて食べる事ぐらい出来たら良いのにと、強く願います。
それはぼくが器屋であることもありますが、日本の文化が育んできた工芸全般を揺るがす事だからです。使い勝手だけを追求するなら、全てをステンレスの器などで暮らせば、少なくても壊れず、錆びず・・・それでも洗う事が必要ですから、それもイヤなら使い捨てる紙やプラスティックの器になるのでしょう。
“スローライフ“や”ゆとりある暮らし“や”和食器”など枚挙にいとまがなく雑誌等に掲載されるものの、そこには暮らしとの距離感があって、それはドンドン広がっているようにさえ感じてしまいます。
“使い勝手の善し悪し“はこと、器に関しては、性能や丈夫さだけでは測れない、”使い勝手“があると思います。それは、使うルールや、使う心のゆとりや、使う事を楽しむ、といった心のありようが、大前提だと思います。それは、和の文化の一大要素でもあると信じて疑いません。
あえて暴言を吐くなら、すこしだけ悩ます使い勝手こそ、魅力ある器の要素かもしれません。
落とすと割れないガラスに魅力をかんじますか?
使っても全く変わらない粉引きは茶碗として選ばれたでしょうか?
長い時間する減る程使っても根来にならない碗に愛着を持てたでしょうか?
ほどほどの、良識と使う側の優しさがあってはじめて、器の使い勝手の善し悪しという判断はくだされます。そうでないなら器選びは、数値だけでわかり安いものであり、それは逆に、深みのある魅力の解釈をする楽しみを放棄することになります。それは取りも直さず、日本の文化の一つの崩壊でもあるでしょう。

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

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